「水を飲むな」
昭和の時代に中学生や高校生だった人たちの中には、部活動中の給水が困難だったようです。
スポーツドリンクの先駆けであるポカリスエットやアクエリアスが世に出た1980年以前に青春を過ごした世代が特に当てはまりそうですね。
走り込んで喉が渇かなかったわけではないでしょうが、体力の強さを証明するため、精神力を誇示するために休憩のハードルが高かったのだと想像します。
水を飲みたくても飲めなかった生徒は、上級生になれば下級生にその文化を伝え、やがて”部活中の給水はNG”と全国各地で伝統となっていきます。
「俺が1年の頃は水なんて飲めなかったんだぞ!」と。
過去の笑い話で済めばいいのですが、医学が進んだ近年でも適切な水分補給が行われずに痛ましい事故がしばしば発生します。
2016年に奈良県の中学校で、ハンドボール部に所属する1年生の男子生徒が、練習中に熱中症で倒れて死亡した事件を覚えている方もいるでしょう。
当時もこの悪しき風習について議論が再燃しました。
「酒を飲め」
渇きに耐えた少年少女も今や会社で要職についている年齢です。
オフィスと飲食店の複合施設では、毎夜居酒屋で彼らとその部下たちがお金を落としています。
私のバイアスがかかっているのは否めませんが、多くの場合に部下は乗り気ではありません。
帰って家族と一緒に夕食が食べたいのに、勉強がしたいのに、趣味の時間に当てたいのに、強制的に奪われるからです。
日本の幸福度と労働生産性を下げる不毛な時間だと思います。
ただ、少しだけ上司側にも同情します。
青春時代飲めなかった彼らは、社会人になってからは先輩や上司との夜の付き合いを当たり前の業務として教育されてきたのですから。
アルハラやワークライフバランス、ダイバーシティなどの横槍は全て彼らが成熟してから生まれた文化です。
染み込んだ常識と新しい時代との狭間で戦っているのかもしれません。
なので私は努めて優しく声をかけます。
「本部長、グラスが空いてますよ。次は何を飲まれますか?」と。
メニュー表ではなく、腕時計を見ながら。