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仮想現実が発展しても、人が存在するのは”現実”
内弁慶をモジった「ネット弁慶」なるスラングをご存知でしょうか。
掲示板やSNSなどのネットの世界では攻めた発言ができるのに、人前では自分の気持ちを語れない人を指します。
あなたの周りにはいないでしょうか。
SNSだと強気な人、
メールでは攻撃的な人、
会議中に発言はしないけどチャットでは烈火の如く怒っている人、、、
ネットの普及と利便性向上によって、義経を救えない弁慶は増加しています。
なぜ増えるのか。
私の見解は、
ネットはやりとりが短文だからです。
チャットは応答のような言葉ばかりですし、メールの文量も多くても数百文字でしょう。Twitterは140文字の制限があります。
SNSには言葉が溢れていますから、誰かの目に留まるには短い文章でインパクトを残さねばなりません。
構造上、語るよりも投げかけと反応によるやりとりが主になります。
佐藤のブログは短いもので1,000〜1,500文字くらいです。
声に出して読めば、3〜5分の長さです。
逆から考えると、3〜5分の話をしようと思うと1,000〜1,500文字くらい必要なのです。
1,000文字の執筆は一般的には結構ハードです。
普段、ネットによるコミュニケーションが主体だと途方もない数字に思えるかもしれません。
書き言葉と話し言葉は構造が同じですから、書けなければ話せません。
ネットばかりで短文になれてしまうと、日常で誰かと会話をするときに上手く話せなくなってしまう危険があります。
簡単な投げかけや反応はできるけど、自分の気持ちやエピソードを語る力が弱くなっていきますからね。
人と話せないのはストレスです。
そのストレスの発散先がどこへ向かうかというと、、、ネットです。
現実でのコミュニケーションで溜めた負担を仮想現実への依存で解消しようとするから自然と攻撃的になります。ネット依存は更に話す力の成長を止めて悪循環が進みます。
言葉の刃が鋭利になるにつれ、実社会の対人でのやりとりは減りますから、やがて「ネット弁慶」と呼ばれるようになります。
昭和生まれの少年はネット弁慶になれなかった
その昔、シャイな男の子はホワイトデーのキャンディを女の子に渡せませんでした。
教室で渡せず、帰り際もチャンスを逃し、その子の家まで持って行っても勇気が出ず、郵便受けに入れて立ち去ったそうです。
キャンディを渡すのは好意を示す行動ですから、相手がどんな反応を見せるかが怖いかったのでしょう。少年は気持ちを伝えられなかったのですね。
もしSNSがあったら、メッセージで告白できたかもしれません。LINEがあったら、スタンプでとりあえずのアピールはできたかもしれません。
その頃はまだパカパカ折るケータイ電話が普及しだしたころですから、直接伝えるか手紙を書くしか選択肢がありませんでした。
昔の人は、ネット弁慶になりたくても、なる術が少なかったのですね。
ここぞ!で話せるようになろう
現代はコミュニケーションと並んでITリテラシーも求められます。パソコンが仕事の中心になってきていますよね。メールやチャット、ビデオ通話など、デジタルなツールを活用しないと成立しません。
ただ、上司やお客さんなどに対して、説得を迫る重要な局面では、アナログなコミュニケーションを選択するはずです。
なぜなら、直接伝えた方が情報量が多いからです。
私生活でも、愛の告白はスタンプではなく目を見て語るでしょう。
「はい」が返ってくる確率を上げるためです。
だからこそ、今、成功するためには話す力と書く力が必要です。
語るには論理が必要ですし、話すと書くは同じ能力だからです。人生を豊かにする源泉がこの2つに詰まっていると言えます。
ネット依存の方のコミュニケーション能力を伸ばして、ビジネスで活躍できる人材にしたいです。
不安な方は、まずは体験会で書く力を診断してもらいましょう。
もしタイムマシーンがあれば、少年に話し方を伝授して、未来を変える手助けをしてあげたいです。
そうすれば、毎年ホワイトデーになってもほろ苦い経験を思い出さなくて済みますから。